- 咳反射を起こす強力スイッチは喉頭付近に集中している 07/10/25
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咳受容体は末梢気道「肺末梢(小気道、肺胞)」にもあるが、特に機械受容性咳受容体 (mechanical rapidly adapting receptors, RARs) と呼ばれる高速伝導で爆発的・即時的な防御咳反射を引き起こす咳受容体は、喉頭、気管、主気管支などの中枢気道に特に高密度に分布し、密度・感受性・即時性・咳反射誘発能は「喉頭から中枢気道に最も多く、最も敏感に分布」している。つまり、喉頭>気管>主気管支>末梢気道の順に咳受容体の密度と咳反射感受性が高い。
喉頭は、食べ物などの異物が侵入した場合、その喉頭刺激で強い咳反射を誘発して、肺を守るために最も敏感な防御機構として作用している。
喉頭には、高速で鋭敏な反射を生む咳反射の「最強のスイッチ」ともいわれるほど咳受容体の密度が高い。そのため、喉頭炎や上気道感染で「刺激性の鋭い咳」が起こりやすい。
末梢気道にもC線維を伝わる化学的咳受容体が分布し、炎症性メディエーターなどに反応し、喘息やCOPDで見られる、ゆっくりとした反射による長引く咳を生みだす。
風邪ウイルス感染によって一度崩壊した気道上皮バリアが修復・再構築されるまでの間、末梢気道からの咳嗽反射よりも、喉頭・中枢気道からの強い咳嗽反射の方がより症状を顕在化し、自他ともに非常に不快な遷延性咳嗽が引き起こされる主な病変部位になるのだと考えられる。 - 咳過敏症(=難治性慢性咳嗽) という病気の形 07/09/25
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肺炎や喘息などの原因疾患の十分な治療をしても、部分的な改善に留まり遷延する咳を「治療抵抗性咳嗽 Refractory Chronic Cough (RCC)」、様々な検査と治療を施しても原因疾患が特定できない咳は「原因が明らかでない治療抵抗性慢性咳嗽 Unexplained Chronic Cough (UCC)」と呼ばれるようになっている。8週間以上続く遷延性・慢性咳嗽のうち15〜20%がRCC、1〜6%がUCCと報告されている。
こうした慢性難治性咳嗽のうち相当多くが、「咳過敏症 Cough Hypersensitivity Syndrome (CHS)」と呼ばれる病態カテゴリーとして捉えられるものとして経験される。すなわち、低レベルの温度刺激、機械的・化学的刺激を契機に生じる難治性の咳を呈する臨床グループであり、気道知覚神経の過敏状態や中枢神経の機能異常がその主要病態であると想定されうる。
実際には、エアコンなどによる冷気、乾燥した空気、香り、会話などの通常ならば咳を生じない軽微な刺激により生じる喉のイガイガ感、堪えらきれないむせ(urge to cough)に続いて意図的に止められない咳が出る状態が生じ、痰や唾気のような何らかの不愉快なものが引っかかる喉頭感覚異常、かすれ声などの発声異常、喉を中心として息苦しさのような上気道呼吸困難感といった喉頭過敏症状を引き起こす。
気管支喘息やいわゆる気管支炎は喉付近の中枢気道からかなり遠く深いところ(末梢気道)、つまり咳過敏症が生じる部位とはかけ離れた部位で起きる病気である。末梢気道で生じた気管支喘息が十分に治療されたにも関わらず、咳だけが遷延することは日常茶飯であるが、その理由は、喘息の治療が必ずしも喉付近の中枢気道で生じている咳過敏症を治療したことにはなっていないからだと考えられる。
咳過敏症は、主な発症部位が末梢気道と捉えられる気管支喘息とは一部重なるが、異なる疾患カテゴリーとして捉えるべき病態である。
- 大阪万博(マスギャザリング)と麻疹・髄膜炎菌の関係 07/06/25
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マスギャザリング(人がものすごくたくさん集まること)とは「特定の場所に特定の目的をもってある一定期間、多くの人々が集積することで特徴づけられるイベント」をいい、日本ではおよそ1万人以上を目安としている。万博では世界各国から多様な人が一堂に会することで、さまざまな感染症が持ち込まれ、そこから国内で集団感染やアウトブレイクに発展する可能性があります。大阪・関西万博では約3,000万人弱の総来場者が見込まれており、最も中止すべき感染症として麻疹と髄膜炎菌感染症が挙げられています。実際にすでに麻疹感染者が発生したことが報道されたばかりです。麻疹ワクチン(MMRワクチン)の接種が万博開催期間は特に強く推奨されます。また、ワクチンで予防可能な感染症であり、かつ1例でも発生するとパニックになりかねない髄膜炎菌感染症に対するワクチン接種も同期間にはとても重要だとされています。免疫不全がある場合、侵襲性髄膜炎菌感染症となり急激な経過で死亡することがあります。日本では馴染みのうすい感染症ですが、実際には国内でも2013年から2023年までの10年間で274例が報告されています。2019年ラグビーワールドカップでは、観戦のため来日した人が日本国内で髄膜炎菌感染症を発症しています。聖地巡礼のためのサウジアラビア入国時には髄膜炎菌ワクチンの接種証明が要件となっています。
- 夏風邪ウイルス エコー18 06/30/25
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典型的な夏風邪は一般的にエンテロウイルス属というウイルスグループの中の一部(エンテロウイルスA,B,C,D種とライノウイルスA,B,C種という種類)によって引き起こされます。それぞれの「種」類ごとの代表的ウイルス型は以下のようです。エンテロウイルスA種には、エンテロウイルスA71(手足口病・脳幹脳炎)、コクサッキーA16, A6が、エンテロウイルスB種には、エコーウイルス群(6, 9, 18など)、コクサッキーB1〜B6、コクサッキーA9が、エンテロウイルスC種には、ポリオウイルス1〜3、コクサッキーA13, A20, A21が、エンテロウイルスD種には、エンテロウイルスD68(呼吸器感染、喘息増悪)、エンテロウイルスD70(急性出血性結膜炎)が、ライノウイルスA/B/C種には鼻と気管支にくる風邪ウイルスの大多数がそれぞれ含まれます。
これらのうち、エンテロウイルスB種の中のエコーウイルス18が最近市中に出てきています。エコーウイルス18は世界中に分布し、特に小児の無菌性髄膜炎の流行株として重要です。アジア、欧州、米国など各国で無菌性髄膜炎のアウトブレイクを引き起こしてきました。中国(2015–2018年)で、欧州(スイス、ドイツなど)では周期的な小規模アウトブレイクを起こしています。温帯地域では夏季に流行しやすく、集団内免疫レベルによって周期的な流行になるとされています。
多くは無症候性感染ですが、夏風邪症状としては、非特異的発熱性疾患(軽い〜高い発熱、咽頭痛、筋肉痛、倦怠感、インフルエンザと似た感じ)になることが多い。稀であるとはいえ、無視できない病状として、無菌性髄膜炎(発熱、頭痛、項部硬直、悪心、嘔吐)や、新生児感染症(まれだが重症化リスクあり。敗血症様症状、中枢神経感染)を引き起こすことがある。エコーウイルスは時に発熱なしで発疹だけを起こすこともあり、単なる湿疹や吹き出物・ニキビに似た発疹に見えるため、ウイルスによる発疹として認識されにくいこともあります。胃腸炎様症状もあります。
簡単にできる検査キットは存在しませんし、一般にその必要性もありません。なぜなら、そうとわかったところで特別な抗ウイルス薬はないからです。夏風邪症状になったところで、特別な治療や薬があるわけではないので、ぐっすりまたはゆっくり休むことが最も効果的な治療方法になります。もちろん、髄膜炎では入院経過観察が必要です。
エンテロウイルス属全般に言えることですが、ここに属するウイルス達はカプシドと呼ばれる鎧のような殻で覆われているため、アルコール消毒ではびくとも壊れません。石鹸と流水でしっかり洗浄しないと、かなり環境中で安定しています。便中にもたくさん放出されます。次亜塩素酸ナトリウム(漂白剤希釈液など)は有効なので、トイレはそれを使ってしっかり掃除してください。
- 今は風邪が流行るわけがない時期(ウイルス静穏期)(viral nadir)です 06/25/25
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2020年から2022年にかけてSARS-CoV-2の流行とともにインフルエンザ・RSV・パラインフルエンザが消失しました。そして直近の2年間、複数の呼吸器ウイルスが連続的に流行した結果、それぞれが互いに干渉し合い、最終的にそれらの流行が終息したことによって、現在一時的に市中の循環ウイルス量が大幅に低下し、「ウイルス静穏期」に入っています。(この1年間は大の大人が多数肺炎にかかるほど、既存免疫が弱っていて、多くの人が複数の風邪、気管支炎、肺炎にかかりました。消滅していたかに見えていたパラインフルエンザウイルス、百日咳も全部再登場しきりました。)
ウイルス干渉とは、あるウイルス感染が、他のウイルスの感染を抑制する現象のことです。ヒトはウイルスに感染すると、免疫が賦活されます。先に感染したウイルスによって免疫は抗ウイルス状態へ誘導されます。例えば、RSV → インフルエンザ → コロナ のように流行が重なった場合、連続的なウイルス流行によって免疫環境は「干渉強化モード」に保たれます。そのため次に来るウイルスは感染成立が阻害され、流行規模が限定されることになります。この状態が幾重にも繰り返され、市中のヒトの感受性宿主が減り、免疫的「飽和状態」になります。その結果、ほぼすべてのウイルスに対して「部分的に防御された環境」が一時的に形成され、流行する循環ウイルス量が減ることになります。
ウイルス流行後の静穏期(post-epidemic suppression)とは、感染拡大→干渉→終息という波がいくつか続くと、集団内の自然免疫系が「訓練」され、抗ウイルス状態が維持される感受性個体が多数を占めることになり、その結果、数週間〜数ヶ月にわたり複数のウイルスが同時に「出てこない」時期=ウイルス静穏期(viral nadir)が生じるということです。
その後、新たな感受性個体が再増加(例:連続的な流行による免疫訓練を受けていない乳幼児)することで、次の流行波が発生しやすくなります。あるいは、連続した感染拡大時期に参加していなかった別のウイルスによる流行が発生することになります。
Cooperative Virus-Virus Interactions: An Evolutionary Perspective
- コクサッキーウイルスB5は夏風邪の原因ですが… 06/23/25
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現在、ウイルス循環の谷にいるのですが、例年通りであればそろそろ夏風邪ウイルスの流行期に入ります。その代表的なウイルスがコクサッキーウイルス(Coxsackievirus)です。コクサッキーウイルスはエンテロウイルス属に属し、A群(A1〜A24) と B群(B1〜B6) に分類されます。ちょっと気がかりな現象が観察されています。2021年〜2024年まではA群による流行が繰り返されていたのですが、昨年秋以降B群の検出率の方がずっと高くなっていて、今年に入ってからは数は少ないもののB群(B5)だけが検出されているのです。
コクサッキーA群は、主に小児に表在性・粘膜性の病変を引き起こしやすく、手足口病(A16, A6)・ヘルパンギーナ(A2-10, A16)・結膜炎(A24)という表面的な病状に終わり、筋肉・内臓への侵襲性は弱く、通常は軽症で済むことが多い。昨年までは、この形で流行しました。一方、B群は、皮膚粘膜症状は少ないが、深部臓器(筋肉・心臓・中枢神経)を侵しやすく、心筋炎・心膜炎・無菌性髄膜炎・新生児敗血症様疾患・胸膜痛症候群(Bornholm病)・膵炎(→1型糖尿病誘因)を引き起こすことがあり、これらの病態は稀ではあるが重症になることがある。好発年齢も新生児~若年成人までと幅広い。
【B群による病状】
心筋炎・心膜炎 :若年男性に多く、胸痛・不整脈。突然死の原因にも。
無菌性髄膜炎(B2-5) :発熱・頭痛・項部硬直。A群より頻度高く、やや重症例も。
新生児感染症(敗血症様) :母子感染。肝炎、心筋炎、脳炎など致死的なことも。
Bornholm病(胸膜痛症候群) :急な胸・腹部筋肉痛と高熱。筋炎を伴う。
膵炎・糖尿病(発症契機):自己免疫性1型糖尿病の誘因ウイルスとして注目されている。これからしばらくは最も注視されるべきウイルスだと考えています。
- パラインフルエンザウイルスの症状 06/20/25
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パラインフルエンザウイルス 1型(HPIV-1)
教科書的には、好発年齢 6か月〜5歳(特に1〜3歳)、「犬吠様咳嗽」+嗄声+吸気性喘鳴が典型的、急性喉頭気管気管支炎(クループ症候群)の主な原因とされているが、成人の場合は、「声がでません(嗄声)」になる。秋(9〜11月)に流行することが多いといわれているが、春から初夏の今流行している。2年ごとにアウトブレイクが見られる傾向(周期性あり)。発熱・鼻汁・軽い咳で始まり、1〜2日以内にクループ症状(咽頭浮腫による呼吸音異常)へ進展。多くは3〜5日で改善。パラインフルエンザウイルス 3型(HPIV-3)
生後6か月〜2歳(特に1歳未満)の細気管支炎や肺炎の主要原因、RSウイルスに次いで頻度が高い下気道感染症ウイルス。春〜初夏にかけて(4〜6月頃)に流行することが多い。初期症状は上気道症状(鼻汁、軽度の咳など)、数日後に細気管支炎・肺炎へ進展するケースあり。特に乳児で喘鳴や呼吸困難、陥没呼吸を呈するが、成人でも気管支炎や肺炎で入院の原因になる。高熱を伴うことがあり、持続性だったりする。Parainfluenza Virus in the Hospitalized Adult; Clinical Infectious Diseases
- 今は2023~2024年の風邪ウイルス一斉同時流行後の谷間 06/20/25
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エンテロウイルス71による手足口病は2023年に大流行しました。コクサッキーウイルスA16、A6による手足口病は2024年に爆発的に1年に渡り長期間流行しました。コクサッキーウイルスA6によるヘルパンギーナは、2023年も2024年も夏を中心に流行するパターンを繰り返しました。下気道炎と急性弛緩性麻痺を引き起こすエンテロウイルス68が昨秋にかなり流行しました。無菌性髄膜炎の主な原因であるエコーウイルス11は昨年秋から冬にかけて大きな流行の山を作りました。咽頭結膜熱の原因になるアデノウイルス1,2,5は2023年から2024年にかけて長期間の流行になりました。感染性胃腸炎を引き起こすアデノウイルス41は昨年後半から今年前半にかけて散発的に流行を持続しています。RSウイルスは今年1〜3月に大流行しました。鼻風邪の最大原因ウイルスであるライノウイルスは今年5月まで2年以上流行が持続していました。今年5月にはメタニューモウイルスも流行しました。
コロナウイルス流行中に感染サイクルが途絶えていたこれらのウイルスは、2023年から2024年にかけて一斉に供給が高まり、今一斉に潮が引くように消えています。
その谷間に久しぶりに登場してきたのが、パラインフルエンザウイルス1,3です。1は主に上気道炎、3は下気道炎の原因になります。 - パラインフルエンザウイルスによる長い咳 05/30/25
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パラインフルエンザウイルスは、ヒトパラインフルエンザウイルス(HPIV)として知られるRNAウイルスで、気道感染症の原因となります。特に小児にクループ症候群(急性喉頭気管気管支炎)、気管支炎、肺炎、上気道炎(風邪)を引き起こすウイルスとして知られています。直近では、長引く咳の原因ウイルスとして、HPIV-3 がライノウイルスの他によく検出されています。
喘息発作の90%は、呼吸器ウイルス(RSウイルス、ライノウイルス、パラインフルエンザなど)が引き金になります。パラインフルエンザウイルスは、喘息発作のトリガー(引き金)となる代表的な呼吸器ウイルスの一つです。小児や乳幼児における初回喘鳴(ぜんめい)の原因、喘息既往歴のある人における発作の再燃、アトピー素因のある人において、ウイルス感染によって気道炎症反応が過剰に起こる原因、喘息患者においては、既にある慢性気道炎症を悪化させる原因になります。
風邪にかかった結果起きている現象は、気管支喘息そのものの症状ですので、咳の風邪なんだけれども喘息薬によって治療することになります。
Impact of viral infection on acute exacerbation of asthma in out-patient clinics: a prospective study: Journal of Thoracic Disease
Naturally Occurring Parainfluenza Virus 3 Infection in Adults Induces Mild Exacerbation of Asthma Associated with Increased Sputum Concentrations of Cysteinyl Leukotrienes: Int Arch Allergy Immunol - アレルギーIgE検査はアトピー、喘息の原因対策にはなりません 05/26/25
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よく誤解されているのは、血液検査で特異的IgE抗体が陽性を示すアレルゲンを除去することが、アトピー性皮膚炎の悪化を予防する対策だという迷信です。
アトピー性皮膚炎の場合、多くが何らかのアレルゲンに陽性を示すことが多いのは、皮膚炎があることによって上皮バリアの隙間から内部に侵入してしまった物質に対して免疫が反応するようになってしまった(感作という)結果であって、皮膚炎の原因では決してないということです。
したがって、感作を受けたアレルゲンを除去してもアトピー性皮膚炎の根本的な原因対策にはならない。
最近、盛んに宣伝されている「アレルギー検査」は、アトピー性皮膚炎の原因とは何の関係もないし、その治療には何の役にも立たないということです。同様に、喘息の場合でも、感作を受けた結果である特異的IgE抗体陽性物質は、喘息の治療や予防と直接の関係はありません。 - アトピー、喘息、食物アレルギーの根本原因〜上皮バリア仮説 05/26/25
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「上皮バリア仮説(epithelial barrier hypothesis)」は、アトピー性皮膚炎、喘息、食物アレルギーなどのアレルギー疾患の増加を説明する仮説で、近年、特に注目されています。これは「皮膚や腸などの上皮バリアの破綻」がアレルギー発症の出発点になるとする考え方です。
本来、皮膚や腸などの上皮細胞は外界から体内を守る「バリア」の役割を果たしています。このバリアが遺伝的要因や環境要因によって破綻すると、本来入ってこないはずのアレルゲンや微生物が侵入してくる。それによって免疫系が過剰に反応し、アレルギー炎症(アトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎など)を引き起こすという理論です。アトピー性皮膚炎では皮膚バリアが、食物アレルギーでは腸管バリアが、喘息や鼻炎では気道上皮バリアが破綻したために、各部位で免疫の過剰反応が起きてしまうのです。
アトピー性皮膚炎の場合、遺伝的にフィラグリン遺伝子(FLG)変異によって、角層の構造タンパク質が欠損し、皮膚のバリア機能が低下しています。そのため、皮膚の水分保持能力の低下やアレルゲンの侵入を許す原因となります。さらに環境要因として、石けんや洗剤(界面活性剤)、PM2.5、殺菌剤(トリクロサン)、乾燥などによって皮膚バリアをさらに損なってしまいます。
そうして破綻したバリアの隙間からアレルゲンや病原体が内部に直接侵入し、ケラチノサイトや上皮細胞がTSLP, IL-33, IL-25などのサイトカインを放出、これらが免疫細胞(ILC2、樹状細胞、T細胞)を活性化し、Th2型免疫反応が起こり、IgE産生、好酸球活性化が生じて、かゆみや炎症が進行すると考えられています。したがって、アトピー性皮膚炎では、第1に、早期保湿;乳児期からの適切な保湿でバリア機能を保ち、同時に、バリア修復治療;抗炎症剤である外用ステロイドを併用してバリアの損傷部位の修復を促進し、バリアを壊さない生活;刺激の強い洗浄剤、過度な洗浄、乾燥の回避をする
ということが根本的な治療及び予防戦略になります。Recent advances in the epithelial barrier theory:International Immunology
要約
上皮バリア理論は、慢性非伝染性疾患、特に自己免疫疾患やアレルギー疾患の最近の増加を、上皮バリアを破壊する環境物質と関連づけるものである。無秩序な成長、近代化、工業化のために、世界的な汚染と環境有害物質への暴露は60年以上にわたって悪化し、人間の健康に影響を及ぼしてきた。この間、健康への影響を合理的に管理することなく新たな化学物質が導入され、特に皮膚や粘膜の上皮バリアへの悪影響が報告されている。粒子状物質、洗剤、界面活性剤、食品乳化剤、マイクロ・ナノプラスチック、ディーゼル排気ガス、タバコの煙、オゾンなど、これらの物質は上皮バリアの完全性を損なうことが明らかになっている。上皮バリア破壊は、タイトジャンクションバリアの開放、炎症、細胞死、酸化ストレス、代謝調節と関連している。特に罹患組織では、有害物質、基礎疾患である炎症性疾患、薬剤の相互作用を考慮しなければならない。この総説では、環境バリア損傷化合物がヒトの健康に及ぼす有害な影響について、細胞および分子メカニズムに絡めて論じている。 - なぜIgAが悪さするのか? 05/25/25
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【そもそもIgA抗体とは?】
IgA(免疫グロブリンA)は、粘膜免疫を担う主要な抗体です。上気道、消化管、泌尿生殖器などの粘膜表面で外敵(病原体)を中和する目的で作られます。IgAは主に呼吸器や消化管の粘膜感染に対する免疫応答の役割を担っています。【なぜIgAが病気の原因になるのか?】
ウイルスなどの感染により大量に産生されたIgAは自己抗原や細胞外マトリクス(例:ラミニン)と結合しやすく、IgA免疫複合体が作られやすい。それは小血管に沈着しやすく、同時に補体活性化や好中球の活性化を引き起こし、血管炎を発症させる。
IgA血管炎で作られるIgAは、通常のIgA1とは異なり、糖鎖修飾異常(O-ガラクトース欠損IgA1)を持つ場合があります。これは、免疫複合体を形成しやすく、クリアランスが悪く、血中に長く残り、腎臓のメサンギウム細胞や血管内皮に沈着しやすいという性質を持ち、腎障害や全身性の血管炎を引き起こす。このような異常なIgAの増加を引き起こしやすい感染症として、溶連菌では扁桃腺で、肺炎球菌では気道の粘膜表面で、ライノウイルスでは鼻腔粘膜表面で、ノロウイルスやロタウイルスでは腸管粘膜表面でそれぞれIgA応答による免疫複合体が形成されます。 - IgA血管炎の入院の目安 05/25/25
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IgA血管炎(紫斑病)は、多くの場合軽症で自然軽快する疾患ですが、一部では腎障害や消化管出血、関節症状を伴うため、外来での観察が可能かどうかは病状により判断されます。
外来観察可能なケース(軽症)
全身状態良好 (発熱、脱水、意識障害などの全身症状がない)
紫斑のみ/軽度の関節痛 (下肢に典型的な紫斑が出るが日常生活に支障なし)
腹部症状が軽微 (腹痛があっても軽度で、嘔吐・下血・腸重積の兆候がない)
腎症状なし/軽度 (尿検査で蛋白尿・血尿が軽度またはなし)
家族の理解とフォロー体制がある (自宅で経過観察ができる環境が整っている)入院を考慮すべきケース
腹部症状が強い(強い腹痛、嘔吐、下血、腸重積の疑い(触診で右下腹部圧痛や腫瘤))
腎症状あり (持続的な蛋白尿、血尿、または血圧上昇)
皮疹の壊死性変化 (紫斑が水疱化・壊死傾向あり、広範囲・痛みを伴う)
関節症状が高度 (歩行困難などの日常生活制限を伴う関節炎)
全身状態不良 (発熱・ぐったりしている)小児(主に3〜10歳)の多くは通常数週間で自然軽快し、重症化は稀であるが、成人では腎症のリスクが高く、慢性腎炎や腎不全に進展する可能性もある。免疫抑制治療の積極的導入が検討される場合もある。(腎障害は、発疹出現から 数日〜数週間後、尿蛋白・血尿、時にネフローゼ症候群や急性腎炎症状(浮腫、高血圧)として起きる。)
[腎障害の発症率]:小児 約20–40%(多くは軽度) / 成人 約40–60% [ネフローゼ症候群の合併率]:小児<10% / 成人15–30% [RPGN化の頻度]:小児 稀(<5%)/ 成人 10–20%前後 [完全寛解率]:小児 約85–90%(通常予後良好) / 成人 約50–60%(腎障害が残ることあり) [慢性腎不全への進行率]:小児<5%(長期)/ 成人 10–30%(10年で) [ステロイド・免疫抑制薬使用率]:小児 少ない / 成人 高い [フォローアップ期間]: 小児 3〜6か月程度(尿異常持続なら長期) / 成人 数年単位の腎機能フォローが必要 - ライノウイルスが流行すると紫斑病(IgA血管炎)が増える 05/25/25
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今年は、IgA血管炎がかつてないほど多く見受けられています。IgA血管炎は典型的な場合、両すねに赤くて硬い発疹がたくさん出てくる病気です。
パンデミック時の非薬物的介入(マスク着用、手洗い、ソーシャルディスタンスなど)によって呼吸器感染症の流行が抑制されたことにより、IgA血管炎の発症率が53.6%も大幅に減少し、介入緩和後、発症率が37.2%増加したことが報告されています。
特に小児のIgA血管炎の発症は呼吸器感染症と密接な関係があり、その流行時期と一致していることが示されています。呼吸器感染症の少ない夏はあまり見られないが、秋以降徐々に増え始め、冬〜特に免疫が過剰に反応しやすくなる春にかけて多い。
IgA血管炎の発症の37.3%に肺炎球菌が、25.6%に溶連菌が関連していたばかりでなく、驚くべきことに、その17.1%の発症にライノウイルスが関連していたことです。最近まで非常に多かった鼻炎・気管支炎を伴う普通の風邪が増えると、IgA血管炎が増えるのです。
川崎病と同様に、IgA血管炎は免疫関連性の小血管炎であり、特に小児の場合は、上気道感染などの感染症が引き金になり、ウイルス感染がIgAの過剰産生や免疫複合体の沈着を誘導し、発症の引き金になるということです。 - ライノウイルスとエンテロウイルスそしてEV-D68 05/23/25
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今、鼻炎・副鼻腔炎・気管支炎・喘息・肺炎を引き起こす風邪が流行っています。このライノウイルス(HRV)(Rhinovirus A/B/Cなど)と、これから夏秋にかけて流行るエンテロウイルス(EV)(Poliovirus、Coxsackievirus、Echovirus、EV-D68 など)は、共通の進化的祖先を持つと考えられていて、同じ「ピコルナウイルスファミリー(科)」に分類されます。(どちらも一本鎖(+)RNAウイルス、非エンベロープ型ウイルス)
ライノウイルス(HRV)は主に上気道(風邪の原因)から下気道に、エンテロウイルス(EV)は消化管(お腹にもくる高熱の風邪)、神経系、中枢神経に感染します。
HRVは、酸に弱く、胃酸で不活化されやすいが、エンテロウイルスは胃酸にも耐え、消化器症状を引き起こしやすい。互いのゲノム構造にはある程度の類似性はあるが、分子系統解析(VP1領域*や5’UTR領域**の塩基配列)では、ライノウイルス(HRV)はエンテロウイルス(EV)とは異なるクレードを形成します。ライノウイルス(HRV)は大きくAクレード(76型)とBクレード(25型)に分かれ、いずれもエンテロウイルス(EV)のクレードから明確に分岐していることが確認されている。
唯一ライノウイルス(HRV)87の塩基配列だけは、ライノウイルスよりもむしろエンテロウイルス(特にEV-70)に近いことが明らかにされ、以降HRV87はエンテロウイルス D属に分類され、エンテロウイルスD68(EV-D68)と再命名されました。
(*VP1はウイルスの主要なカプシドタンパク質であり、ウイルスの分類や抗原性の決定に重要な役割を果たします。)
(**5’UTR(5′ untranslated region、5′ 非翻訳領域)は、RNAウイルスのゲノムRNAの先頭部分にある翻訳されない領域です。この部分はタンパク質にはなりませんが、翻訳開始の調節、ウイルスRNAの安定性や複製制御の役割を担っていて、感染性に極めて重要な役割を果たします。)エンテロウイルスD68は、エンテロウイルス属ながら呼吸器ウイルスとしての特徴が強く、ライノウイルスに近い性質を持っています。上気道炎だけではなく、喘鳴や重度の呼吸障害を引き起こします。ゆえに喘息をもつ幼児・小児で重症化しやすい。
胃酸で不活化しやすく、エンテロウイルスにも関わらず消化器症状を起こしにくい。特に重要なことですが、EV-D68は、まれではあるものの、突然の四肢麻痺や筋力低下といったポリオに似た中枢神経症状(急性弛緩性麻痺)を引き起こすことがあります。
このように、EV-D68はHRVとEVの“中間的な性質”を持つウイルスである。HRVのように低温培養で増殖し、下気道に感染し、EVのように神経系に感染する場合もある。
EV-D68は2014年、2016年、2018年、2024年と数年周期で大規模な流行を繰り返しており、医学的には極めて注目度の高い要注意ウイルスです。
まとめ:エンテロウイルスEV-D68とライノウイルスは、引き起こされる症状の面でも遺伝的にも近縁でありながらも、EV-D68は「エンテロウイルス属」であり、「ライノウイルス属」ではない異なるウイルス種である。
Genetic clustering of all 102 human rhinovirus prototype strains: serotype 87 is close to human enterovirus 70:Journal of General Virology
Human Rhinovirus 87 and Enterovirus 68 Represent a Unique Serotype with Rhinovirus and Enterovirus Features: Journal of Clinical Microbiology