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COVID-19肺のマイクロバイオーム      07/28/25

COVIDの肺で微生物負荷が増加すると、呼吸器管理から離脱して回復する確率が低く、死亡率が高いことがわかっています。
肺微生物叢の増加及び構成の変化は宿主の免疫応答に影響を与え、肺胞の炎症を増加させる可能性があります。肺の細菌および真菌の量が、炎症の活性化に関与するサイトカインや肺胞炎症マーカー (TNF-α、IL-6、IL-1β) と関連していました。また、COVIDの重症化、ARDSの発症に関連していました。肺の微生物群の量と不均衡が、回復率や死亡率と関連していたのですが、特定の個々の細菌の種類とは関連していませんでした。

このように、COVIDはウイルスによって引き起こされるのですが、肺のマイクロバイオームが炎症反応を促進し、サイトカインを調節することで重症肺炎の発症に寄与しています。ある種の抗生剤の有効性を支持した、パンデミック初期の報告は、肺マイクロバイオームに関する知見と合致していたのです。

Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE
Doxycycline for the prevention of progression of COVID-19 to severe disease requiring intensive care unit (ICU) admission: A randomized, controlled, open-label, parallel group trial (DOXPREVENT.ICU)
Doxycycline treatment of high-risk COVID-19-positive patients with comorbid pulmonary disease

肺炎のマイクロバイオーム      07/27/25

肺炎は読んで字の如く、肺の炎症、火事のことですが、その火元は大抵、細菌・ウイルス・真菌または他の微生物であることになっている。例えば、マイコプラズマやクラミジアは肺の常在菌ではないので、それらによる肺炎は外部病原体の肺への侵入によって引き起こされているのは明らかです。一方、市中肺炎の原因菌でもっともありふれた肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラキセラ・カタラーリス、(頻度は低いが)黄色ブドウ球菌、緑膿菌は、流行性感染症でもないのに、一体どこからやって来るのだろうかという根本的な問いに対する答えは推測の域を出ないままでした。

肺のマイクロバイオームを構成しているPrevotella, Streptococcus, Clostridium, Roseburia, Veillonellaなどの下気道・肺の微生物叢の量の増加、つまり細菌負荷量の増大と多様性の低下及び不均衡が、サブクリニカルな炎症開始のドライバーになっています。 中等度から重度のCOPDでは、早期COPDに比べてマイクロバイオームの多様性が低下していました。COPDでは、新しい菌株に感染したり、細菌負荷が変化するとその後、炎症の増加と肺機能の急速な低下が起こります。

何らかの機序で免疫力が低下した結果、肺の微生物叢の量が増大すると同時に、それを構成する微生物群間の不均衡が起こります。優勢になる細菌群は肺炎の基盤になった状況によって異なっており、立場が逆転することもあります。Streptococcus、Prevotella が優勢になる肺炎パターンがある一方で、これらが劣勢になる肺炎パターンもあります。Pseudomonas、Staphylococcus、Streptococcus が優勢な肺炎パターンがある一方で、Prevotella、Veillonella、Corynebacterium、Roseburia が優勢な肺炎パターンもあります。

風邪のウイルス感染でも大気中の何らかの汚染物質でも、いったん下気道や肺を損傷させると肺内の微生物叢の増加と、特定のコロニーの過剰増殖へのシフトが引き起こされ、同時に宿主の免疫機構の一部が障害を受け、さらに炎症を増幅させることになります。こうして突然のように発生した細菌性肺炎は、潜在的な正のフィードバックループの特徴を有し、一度始まると、増殖促進シグナルが徐々に増幅され、マイクロバイオームと宿主側との恒常性の障害と炎症の増加という悪循環を形成します。こうして、選択された細菌群の増殖と病原性が促進され、肺胞炎症が長期にわたって持続する可能性があります。サイトカインと代謝物を調節することで、肺のマイクロバイオームは肺炎の進行を引き起こす炎症を促進します。この調節メカニズムは複雑で双方向性であり、肺のマイクロバイオームの構成自体にも影響を及ぼします。

特定の呼吸器生態系において肺の細菌負荷量は本質的に固定されており、システミックな抗生物質投与は肺の細菌負荷量全体を大幅に減少させることはできないものの、マイクロバイオームの構成を変化させる可能性があると考えられています。狭く特定の微生物群に標的を絞った治療法の可能性は理想的ではあるが、それは少なくとも現時点においては決して現実的な方法ではありません。抗生物質投与は、微生物叢全体を標的として全体の細菌負荷量を一旦軽減し、偏ってしまった多様性と構成をデフォルトのバランスに戻す再調整アプローチとして効果があるのだと考えられています。

Lung and gut microbiota profiling in intensive care unit patients: a prospective pilot study
Therapeutic Targeting of the Respiratory Microbiome

気管支炎(特に遷延性細菌性気管支炎)のマイクロバイオーム     07/27/25

遷延性細菌性気管支炎(PBB)の小児の細菌バイオーム量、好中球の割合、IL-8、およびIL-1βは、顕著に高い。PBB小児では、限定された菌種ではなく複数種からなる細菌叢で構成されています。プレボテラ(Prevotella)、インフルエンザ菌(H. influenzae)、肺炎球菌(S. pneumoniae)、モラクセラ(M. catarrhalis)、黄色ブドウ球菌(S. aureus)が増加していました。

PBB患児の好中球性炎症は、単一の病原種に起因するものではありません。Prevotella関連気管支炎では、病原菌でない共生細菌もPBB炎症の発症に寄与している可能性があります。これは、培養で呼吸器病原菌が検出されない小児の慢性咳嗽と下気道炎症が、明らかに抗生物質療法に反応するという経験的事実を裏付けます。また、肺のマイクロバイオームは気管支炎の予後と強く関連しています。PBB小児において、気道感染におけるH. influenzaeによる寄与が低い場合は、気管支拡張剤に対する反応が7倍良好であることがわかっています。また、急性呼吸器感染症後1カ月以上咳が続くPBB小児では、Neisseria、Streptococcus、M. catarrhalisの寄与が大きいことが示唆されています。

一方、PBBは、細菌叢によって気道内細菌叢バイオフィルムが形成され、それによって慢性的な炎症が持続しているのではないかとも考えられています。非定型インフルエンザ菌Haemophilus influenzae(NTHi)は、好中球の網状構造内のDNAなどの物質を、栄養源としてだけでなくバイオフィルムの材料として利用し、炎症によって局所環境に放出された物質をも自らの栄養素として利用している。さらに誘導された宿主炎症反応は、肺炎球菌などの他の潜在的な病原体や正常な共生細菌とNTHiが競合するのを助けることになり、さらに気道内の多様性が低下することになる。そこにウイルス感染が生じると、バイオフィルム内の微生物叢が剥離・放出され、単なる風邪症状では済まずに強化された炎症反応が生じることで、急性憎悪と持続炎症をもたらされます。

気管気管支炎のマイクロバイオームは、高い微生物多様性が特徴的です。PseudomonasとStaphylococcusが優勢であり、Actinomycetes、Firmicutes、Ascomycetes、Bacteroidetes、Tenericutesなどの多様性があります。気管気管支炎の炎症は、P. aeruginosaなどの優勢な細菌叢による炎症性サイトカイン刺激と同時に、Lactobacillusなどの抗炎症性細菌叢の減少によってもたらされています。同時に、増加した細菌叢の一部、BacteroidesとClostridiumは逆に炎症を抑える免疫反応を誘導しています。

Persistent and Recurrent Bacterial Bronchitis—A Paradigm Shift in Our Understanding of Chronic Respiratory Disease: Frontiers in Pediatrics
Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE

COPD肺のマイクロバイオーム       07/26/25

健康な個体の肺マイクロバイオームは、肺環境の調節と免疫応答の調整を通じて、肺の恒常性維持に重要な役割を果たしています。肺マイクロバイオームとさまざまな肺疾患との関連性が明らかにされています。病気の肺のマイクロバイオームは、健康な肺のマイクロバイオームとは著しく異なり、主な属、微生物叢、その種類と量は疾患の種類によって異なります。一方、肺のマイクロバイオームの乱れは、病気の発症と悪化の原因です。

COPD
COPD患者の微生物叢は、健常者と比べて著しく異なる。COPD患者では、潜在的な呼吸器病原菌を含む複数の細菌がしばしば検出される。さらに、気流制限の程度が増加するにつれ、Pseudomonas aeruginosa(P. aeruginosa)やLactobacillusなどの日和見感染病原菌の数が増加する。病原性プロテオバクテリア、特にHaemophilusは、喘息とCOPD患者で増加している。一方、バクテロイデス属、特にプレボテラ属は、喘息とCOPD患者ではほとんど検出されませんでした。

COPD肺における細菌叢の多様性は、肺の構造が壊れているほど、慢性炎症が持続するほど、減少していました。COPDの慢性気道炎症は、γ-プロテオバクテリア優位の微生物叢と関係しており、肺組織における免疫細胞の浸潤と同時にプロテオバクテリアとアクチノマイセスが検出されています。

Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE

喘息における肺のマイクロバイオーム        07/26/25

「そもそも肺のマイクロバイオームがなぜ重要なのか?」
健康な肺の中では、生態系バランスの維持された微生物群集が、宿主側の肺の細胞や免疫細胞群と絶妙な恒常性を保ち、静かで安定した宿主との共生状態なのですが、一方病気の肺では、病原性微生物群が偏って増加すると同時に免疫応答異常を引き起こし、微生物叢と宿主側との共生状態が崩れ(微生物叢の不均衡(ディスバイオーシスdysbiosis)と呼ばれます)、さらに病気を進行させることになります。宿主側の肺の構造の一部が壊れたり粘液クリアランス機構の損傷は、微生物群衆のさらなる不均衡をもたらし、悪循環に陥ることになります。したがって、正常な共生細菌の活動とバランスに副作用を及ぼすことなく、偏って増加した病原性微生物の活動だけをピンポイントで抑えることができれば、理想的な治療選択肢になりえます。

喘息
喘息では、肺のマイクロバイオームにおける病原性微生物の増加が特徴的です。それにより反復的な炎症が引き起こされ、さらに全身的な免疫機能障害の悪化がもたらされます。

喘息では、下気道内におけるHaemophilus、Staphylococcus、Actinomycesなどの病原性微生物群の増加が特徴的であると同時に共生細菌(PrevotellaやVeillonella)の数が減少します。さらに、正常肺では検出されないPseudomonasが多くの患者で病原体として検出され、特に重症喘息患者で頻度が高い。アトピー性喘息で入院した患者による報告では、Haemophilus、Fusobacterium、Neisseriaceae、 Sphingomonas、およびPorphyromonasが高レベルで検出され、BacteroidesとLactobacillusが低レベルになっていました。

このような肺のマイクロバイオームの異常は、Th2経路や他の経路を活性化することで慢性炎症プロセスを引き起こし、喘息の進行を悪化させる可能性があります。この炎症プロセスは、特定の細菌コロニーの増殖を促進し、さらに微生物のdysbiosis(不均衡)を招く可能性があります。さらに特定の病原性細菌は、薬物療法に対する免疫細胞の反応に悪影響を与える可能性があります。

肺の微生物叢のdysbiosisによる悪循環は、肺の炎症の増加と免疫バランスの乱れを引き起こし、アレルギー性喘息の発症および重症喘息の多様な特徴の要因になっています。このように微生物叢のdysbiosisは、喘息の病態の基盤なのです。

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肺のマイクロバイオーム(3)         07/25/25

ウイルス群集(ヴァイローム、ウイルスーム)
ヒトでは、ウイルス群集を構成するウイルスの数は身体の部位によって異なります。腸内容物には1gあたり109個のウイルス粒子、口腔咽頭、鼻腔、咽頭、唾液には1mlあたり108個のウイルス粒子が存在します。一方、肺のウイルス粒子は腸や口腔咽頭よりもずっと少ない。

健常なヒトの呼吸器系ウイルス群集は、パラミクソウイルス科、ピコルナウイルス科、およびオルソミクソウイルス科という主要な3グループから成ります。数は少ないが、アルファパピローマウイルス、KIポリオマウイルス、WUポリオマウイルス、およびアデノウイルス科のマストアデノウイルスも検出されます。健康な呼吸器系ウイルス叢の構成は多様・複雑というより単純で偏っています。例えば、健康な肺のウイルス叢は主にアナポウイルス科のグループが占め、まれにヘルペスウイルス、パピローマウイルス、レトロウイルスなどが検出されます。

このような多様な真核生物ウイルスの長期潜伏状態を通じて、体はIFN-γを継続的に産生し、マクロファージを活性化します。基礎免疫状態が上昇することにより細菌感染を制御することができるように成り、宿主にとって有利な環境を提供してくれている可能性があります。

肺の中には、ファージが豊富に存在し、そのファージの群集は宿主内の細菌の数に応じて変化します。ヒトの呼吸器系には、19種類のファージからなる常在コア群が存在します。ファージは肺という極めて限られた生存環境内において細菌の生存と繁殖を助ける役割を果たしています。

Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE

肺のマイクロバイオーム(2)       07/24/25

腸内や口腔咽頭部のマイクロバイオームの豊富な微生物群集と比べて、肺のマイクロバイオームには常在微生物が少ないが、群集の多様性は保たれています。肺のマイクロバイオームは、細菌の群集であるバクテリオーム、カビの群集であるマイコバイオーム、ウイルスの群集であるヴァイロームから成る集合体です。

細菌群集(バクテリオーム)
肺のバクテリオームでは、ストレプトコッカス、ヴェイロネラ、プレボテラが最も一般的な属であり、ヘモフィルス(インフルエンザ菌など)は肺に特有の常在微生物であり、他の部位のマイクロバイオームでは稀な細菌です。(肺のコア微生物叢には、Pseudomonas、Streptococcus、Proteus、Clostridium、Haemophilus、Veillonella、およびPorphyromonasが含まれます。)
皮膚や腸のような、ほぼ変わることがない自己維持型の微生物叢とは異なり、肺の微生物叢の構成は永続的なものではなく、体の免疫応答に応じて変化します。肺の微生物叢は口腔咽頭や上気道といった隣接する部位から微生物の継続的な移動を受けるため常に変化し続けており、新しい種がランダムに導入されたり除去されたりしています。そのため肺の微生物の組成は口腔咽頭と類似しているのですが、お互いの微生物群集の割合は異なり、肺には独自の属が存在しています。そして肺の微生物叢の一部には長期にわたる自己維持型の細菌群集も存在しています。(肺の微生物叢は口腔咽頭と比べてRalstonia、Bosea、Haemophilus、Enterobacteriaceae、Methylobacteriumが多い。)
肺の正常な微生物叢のバランスは、免疫応答に参加し炎症を防止することで、清潔で安全な肺環境を提供する役割を担っていると考えられています。

真菌群集(マイコバイオーム)
健康な肺における真菌の種は多様です。アスコマイセテスとストレプトマイセスが最も一般的な群集であり、次いでカンジダが優勢で、サッカロマイセス、ペニシリウム、ディクティオステリウム、フザリウムが続きます。さらに、アスペルギルス、ダヴィエラ科、ユーロティウムも存在します。
肺の真菌叢は、細菌を脱水、薬剤、免疫細胞の攻撃から保護するバイオフィルム構造を産生できます。これにより、抗菌剤に対して多剤耐性を持つ細菌株の発生と拡散が可能になります。

Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE

肺のマイクロバイオーム(1)         07/23/25

ヒトのマイクロバイオームとは、人体内の特定の環境に常在または存在するすべての微生物とその遺伝子配列の集合体のことです。これには、細菌、古細菌、真菌、ウイルスを含むすべての生物が含まれます。昔から口腔咽頭マイクロバイオームと腸内マイクロバイオームは研究されやすかったのですが、肺は本来無菌環境だと考えられていたため、肺のマイクロバイオームについて研究が始まったのはつい最近になってからです。技術の進歩により肺の中にも多くの微生物が常在していることがわかってきました。肺のマイクロバイオームは主に細菌、真菌、ウイルスから構成されています。肺のマイクロバイオームと口腔咽頭または腸のマイクロバイオームの関係、特に腸マイクロバイオーム-肺マイクロバイオームの共鳴相互作用関係(腸-肺axis)が最近集中的に研究されています。腸-肺axisは双方向性であり、代謝、免疫など複数のネットワークを介して腸と肺の疾患の進行に影響を及ぼし合います。

大変興味深いことに、肺のマイクロバイオームは肺の発達に影響を与えることがわかっています。無菌状態で育てられたげっ歯類(ネズミ)では、肺実質が減少し、肺胞の発達が不十分になってしまうことがわかっています。
また、健康な肺と病気の肺では、マイクロバイオームを構成する菌の種類と多様性が異なります。肺のマイクロバイオームの構成とサイズは、さまざまな疾患の影響を受けてダイナミックに変化します。例えば、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者では、病原性プロテオバクテリア、特にインフルエンザ菌などのヘモフィルス属が増加しています。肺のマイクロバイオームのdysbiosis(不均衡)は、その構成とサイズを乱し、疾患の発症、進行、予後に影響を及ぼします。

肺のマイクロバイオームは口腔咽頭部のマイクロバイオームや腸のマイクロバイオームと強く関連しています。口腔、腸、肺の微生物間の相互作用が確認されています。口腔の微生物が肺に入るとそれらは肺内で群集を形成し、肺の細菌の増殖に直接影響を与える可能性があります。

Lung microbiome: new insights into the pathogenesis of respiratory diseases: NATURE

パラインフルエンザ菌はパラインフルエンザウイルスとは全く異なる病原体です 07/21/25

5月から7月にかけて、パラインフルエンザウイルスによるしつこい咳が流行しましたが、実は同時期に複数の気管支肺炎からパラインフルエンザ菌も検出されました。さらに紛らわしい病原体として、インフルエンザウイルスとインフルエンザ菌もあるのですが、それぞれ全く異なる病原体です。
パラインフルエンザウイルスとパラインフルエンザ菌は両方とも「インフルエンザに似ている」「インフルエンザと関係あるかのように見える」という歴史的背景から命名されていますが、片方はウイルスで、片方は細菌という別物であるものの、どちらも呼吸器感染症を引き起こす病原体です。

1. パラインフルエンザ菌の発見と命名の経緯
1892年、最初にインフルエンザ菌(H. influenzae)がインフルエンザ大流行時に発見され、当初はインフルエンザの原因と間違われていたのですが、その後、インフルエンザの真の原因はインフルエンザウイルスであることが判明しました。
後になって(?)、パラインフルエンザ菌が同定されたが、インフルエンザ菌と近縁であるが、栄養要求性や抗原性が異なることから、「インフルエンザ菌に似た(para)」という意味のパラインフルエンザ菌(Haemophilus parainfluenzae)と命名されました。インフルエンザ菌属(Haemophilus属)というグループに属しています。

2. パラインフルエンザウイルスの発見と命名の経緯
1950年代に、米国で風邪様症状を引き起こすが、インフルエンザウイルスA・Bとは異なる原因病原体として分離されました。当時はインフルエンザ様症状を示すが、インフルエンザウイルスとは抗原性が異なることから、やはり「近い」「類似の」を意味する接頭語「para」をつけて「パラインフルエンザ(para-influenza)ウイルス」と名付けられました。ヒトの呼吸器感染症(クループ、気管支炎、肺炎など)を引き起こします。系統的にはRSウイルス(RSV)や麻疹ウイルスと同じパラミクソウイルス科に属しています。

これら二つを明確に区別するために、専門的には、パラインフルエンザウイルスは、HPIV(Human Parainfluenza Virus)、パラインフルエンザ菌は、Hpi(Haemophilus parainfluenzae)と表記されることがあります。

3. パラインフルエンザ菌は、上気道や口腔咽頭に常在する菌ですが、時に日和見感染を起こし、中耳炎、気管支炎、肺炎、敗血症などの原因になります。感染症を引き起こしやすくなる条件として、高齢、COPDや喘息などの慢性呼吸器疾患、免疫抑制(がん、免疫抑制薬、糖尿病)、気管挿管や人工呼吸器使用中、歯科処置・口腔内侵襲があります。
COPDなど呼吸器基礎疾患がある場合に、気管支炎や肺炎、COPDや慢性気管支炎の増悪といった病状を引き起こすことが多く見られるようです。さらに小児で中耳炎の起因菌となることがあったり、慢性副鼻腔炎の起因菌の一部となることがあります。専門的に要注意の病態としては、弁膜症や人工弁がある場合や、口腔内手術後の菌血症から発症する感染性心内膜炎や、極めて稀だが免疫不全状態や高齢者で起こりうる菌血症/敗血症があります。

Immune Response to Haemophilus parainfluenzae in Patients with Chronic Obstructive Lung Disease
HACEK endocarditis: state-of-the-art

百日咳が長期化するのは毒素が咳受容体に結合し続けるからではない    07/17/25

百日咳では、感染期を過ぎても咳が数週間〜数ヶ月残ります。一見、百日咳毒素が、喉頭・中枢気道の咳受容体に直接「強固に結合し続ける」ために持続的な咳嗽反射を引き起こすのかなと考えやすいのですが、そうではないようです。

百日咳毒素(PT)は 気道上皮細胞に限らず、全身免疫応答細胞(マクロファージ、好中球、好酸球、T細胞など)、平滑筋細胞、神経細胞など宿主の様々なPT感受性細胞に結合・侵入します。侵入後、細胞内にあるGiαタンパク質(Gタンパク質共役型受容体(GPCR)というタンパク質の一部)の働きを不可逆的に阻害します。

その結果、気道上皮細胞では線毛運動障害やバリア機能破綻を誘導し、さらに免疫細胞(好中球、マクロファージなど)ではそれらの働きを抑制することによって、百日咳菌が気道内で長期生存することを可能にし、慢性炎症環境が作り出される。

一方、神経細胞における変化として、自律神経系細胞のGiαをブロックすることによって副交感神経緊張の調節を乱すことにより求心性神経終末の感受性が変化し、咳反射回路のリセットを乱すことになる可能性が示唆されてはいるものの、咳反射感受性を亢進させる直接的証拠はなく、百日咳における咳感受性亢進は主に慢性炎症や長期に及ぶ気道上皮破綻によって神経反射が間接的に増強される結果であるとされています。

百日咳菌の持つもう一つの毒素Adenylate Cyclase Toxin (ACT) は、主に宿主の免疫細胞(特に好中球、マクロファージ、樹状細胞など)の局所機能を強力に阻害して、初期感染防御を回避し、気道感染を長期持続させる役割を果たします。ACTの気道上皮への直接障害はほとんどなく、ACT単独で咳受容体に作用するわけでもありません。

このように、百日咳毒素が中枢気道の咳受容体に直接「強固に結合し続ける」から咳が長期にわたって止まらないというわけではなく、百日咳毒素は、気道上皮の障害・修復障害、免疫環境を改変して慢性炎症環境を作り出すことによって、長期の咳感受性亢進を間接的に誘導しているというモデルが提唱されています。

したがって、百日咳は一旦発症してしまえば治療はそもそも極めて困難なものであり、その根本治療は、百日咳毒素が気道と全身の広範な細胞内に侵入するのをブロックすることであり、それはつまりTdapなどのワクチンによって毒素が細胞内に入る前の段階で中和してしまうことに他ならないことを意味しています。

Highlights of the 14th International Bordetella Symposium
Pertussis Toxin Inhibits Early Chemokine Production To Delay Neutrophil Recruitment in Response to Bordetella pertussis Respiratory Tract Infection in Mice

感染後や喘息などの慢性炎症で咳受容体(感覚神経末端)が感作され、咳反射が亢進し続けるしくみ 07/12/25

最初に、風邪のウイルスが気道上皮を直接障害し、上皮細胞の骨格を乱し、細胞同士の隙間が破壊される。その結果、上皮バリア機能が低下し、異物や刺激物が容易に侵入するようになる。前後して、上皮細胞死と再生が亢進し、上皮細胞群の異常修復が始まる。
障害を受けた上皮細胞は、「危険シグナル」として、炎症を惹起させるシグナル物質を放出し、それによって気道局所の様々な免疫細胞が活性化され、持続的炎症性環境が出来上がる。同時に、障害上皮細胞からATPという物質が持続的に放出される。このATPによって咳受容体終末が活性化し、神経発火しやすくなる。
炎症惹起シグナル物質の働きによって、神経線維末端である咳受容体が増殖し、末梢神経ネットワークが増え、刺激伝達経路が増強される。以上の変化の結果、低レベル刺激でも容易に発火するようになる。
また、末梢神経内でも神経伝達ペプチド物質が増加することによって、神経伝達の自己増幅ループを形成すると同時に、さらなる炎症細胞浸潤が呼び起こされ、神経原性炎症が重ね合わされることになる。
以上が、慢性咳嗽や「神経感作咳」の病態の本質である。
これらの結果、感染は治癒しても、神経感作は「リセット」されず、咳反射が亢進したまま「長引く咳」になる。
こうした神経感作性咳嗽に対しての実際に利用可能な治療としては、吸入ステロイドなどの抗炎症治療薬や神経受容体拮抗薬があげられる。

Profiling of how nociceptor neurons detect danger – new and old foes
Persistence of asthma requires multiple feedback circuits involving type 2 innate lymphoid cells and IL-33
The P2X3 receptor antagonist filapixant in patients with refractory chronic cough: a randomized controlled trial

気道の治癒過程そのものが咳反射増強の基になる    07/11/25

1.咳受容体(求心性感覚神経終末)は気道上皮内に分布
咳受容体は気道上皮内に分布しており、杯細胞、線毛上皮細胞と密接に接触している。そのため、咳受容体はムチン分泌など上皮細胞由来メディエーターの影響を受けやすくなっている。気道上皮細胞、特に杯細胞の異常や炎症による再構築が、求心性神経終末(咳受容体)の感作亢進を介して、空気中の刺激物質に対する過敏な咳反射を引き起こす基盤になる。

2.気道上皮の「再構築(remodeling)」が感作の基盤
喘息、COPD、ウイルス後咳嗽などで共通するのが「上皮修復の異常」である。気道上皮杯細胞の過形成、基底膜肥厚が引き起こされる。炎症に伴って増殖した杯細胞・上皮細胞からの放出物質が知覚神経の咳受容体発現や感受性を増強する。この過程によって生じた上皮バリア機能の破綻は、咳受容体の反応閾値を低下させるため、様々な刺激物質に対する過敏な咳反射を引き起こすことになる。

3.吸入ステロイドは、気道上皮の異常修復を抑制し、正常なremodelingを促す
そして、もっともエビデンスが豊富な「気道上皮修復調節薬」が吸入ステロイドである。そもそもの炎症を引き起こすメディエーターを抑制し、杯細胞過形成を抑え、上皮細胞のバリア機能回復を促し、ムチン過剰発現を抑制する。喘息やCOPDでは吸入ステロイドがリモデリング予防の中心になる。

Transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4 and airway sensory afferent activation: Role of adenosine triphosphate
Cough and airway disease: The role of ion channels

咳反射を起こす強力スイッチは喉頭付近に集中している   07/10/25

咳受容体は末梢気道「肺末梢(小気道、肺胞)」にもあるが、特に機械受容性咳受容体 (mechanical rapidly adapting receptors, RARs) と呼ばれる高速伝導で爆発的・即時的な防御咳反射を引き起こす咳受容体は、喉頭、気管、主気管支などの中枢気道に特に高密度に分布し、密度・感受性・即時性・咳反射誘発能は「喉頭から中枢気道に最も多く、最も敏感に分布」している。つまり、喉頭>気管>主気管支>末梢気道の順に咳受容体の密度と咳反射感受性が高い。
喉頭は、食べ物などの異物が侵入した場合、その喉頭刺激で強い咳反射を誘発して、肺を守るために最も敏感な防御機構として作用している。
喉頭には、高速で鋭敏な反射を生む咳反射の「最強のスイッチ」ともいわれるほど咳受容体の密度が高い。そのため、喉頭炎や上気道感染で「刺激性の鋭い咳」が起こりやすい。
末梢気道にもC線維を伝わる化学的咳受容体が分布し、炎症性メディエーターなどに反応し、喘息やCOPDで見られる、ゆっくりとした反射による長引く咳を生みだす。
風邪ウイルス感染によって一度崩壊した気道上皮バリアが修復・再構築されるまでの間、末梢気道からの咳嗽反射よりも、喉頭・中枢気道からの強い咳嗽反射の方がより症状を顕在化し、自他ともに非常に不快な遷延性咳嗽が引き起こされる主な病変部位になるのだと考えられる。

Anatomy and Neurophysiology of Cough: Chest

咳過敏症(=難治性慢性咳嗽) という病気の形    07/09/25

肺炎や喘息などの原因疾患の十分な治療をしても、部分的な改善に留まり遷延する咳を「治療抵抗性咳嗽 Refractory Chronic Cough (RCC)」、様々な検査と治療を施しても原因疾患が特定できない咳は「原因が明らかでない治療抵抗性慢性咳嗽 Unexplained Chronic Cough (UCC)」と呼ばれるようになっている。8週間以上続く遷延性・慢性咳嗽のうち15〜20%がRCC、1〜6%がUCCと報告されている。

こうした慢性難治性咳嗽のうち相当多くが、「咳過敏症 Cough Hypersensitivity Syndrome (CHS)」と呼ばれる病態カテゴリーとして捉えられるものとして経験される。すなわち、低レベルの温度刺激、機械的・化学的刺激を契機に生じる難治性の咳を呈する臨床グループであり、気道知覚神経の過敏状態や中枢神経の機能異常がその主要病態であると想定されうる。

実際には、エアコンなどによる冷気、乾燥した空気、香り、会話などの通常ならば咳を生じない軽微な刺激により生じる喉のイガイガ感、堪えらきれないむせ(urge to cough)に続いて意図的に止められない咳が出る状態が生じ、痰や唾気のような何らかの不愉快なものが引っかかる喉頭感覚異常、かすれ声などの発声異常、喉を中心として息苦しさのような上気道呼吸困難感といった喉頭過敏症状を引き起こす。

気管支喘息やいわゆる気管支炎は喉付近の中枢気道からかなり遠く深いところ(末梢気道)、つまり咳過敏症が生じる部位とはかけ離れた部位で起きる病気である。末梢気道で生じた気管支喘息が十分に治療されたにも関わらず、咳だけが遷延することは日常茶飯であるが、その理由は、喘息の治療が必ずしも喉付近の中枢気道で生じている咳過敏症を治療したことにはなっていないからだと考えられる。

咳過敏症は、主な発症部位が末梢気道と捉えられる気管支喘息とは一部重なるが、異なる疾患カテゴリーとして捉えるべき病態である。

Cough hypersensitivity and chronic cough: Nature Rviews

大阪万博(マスギャザリング)と麻疹・髄膜炎菌の関係      07/06/25

マスギャザリング(人がものすごくたくさん集まること)とは「特定の場所に特定の目的をもってある一定期間、多くの人々が集積することで特徴づけられるイベント」をいい、日本ではおよそ1万人以上を目安としている。万博では世界各国から多様な人が一堂に会することで、さまざまな感染症が持ち込まれ、そこから国内で集団感染やアウトブレイクに発展する可能性があります。大阪・関西万博では約3,000万人弱の総来場者が見込まれており、最も中止すべき感染症として麻疹と髄膜炎菌感染症が挙げられています。実際にすでに麻疹感染者が発生したことが報道されたばかりです。麻疹ワクチン(MMRワクチン)の接種が万博開催期間は特に強く推奨されます。また、ワクチンで予防可能な感染症であり、かつ1例でも発生するとパニックになりかねない髄膜炎菌感染症に対するワクチン接種も同期間にはとても重要だとされています。免疫不全がある場合、侵襲性髄膜炎菌感染症となり急激な経過で死亡することがあります。日本では馴染みのうすい感染症ですが、実際には国内でも2013年から2023年までの10年間で274例が報告されています。2019年ラグビーワールドカップでは、観戦のため来日した人が日本国内で髄膜炎菌感染症を発症しています。聖地巡礼のためのサウジアラビア入国時には髄膜炎菌ワクチンの接種証明が要件となっています。