- IgA血管炎の入院の目安 05/25/25
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IgA血管炎(紫斑病)は、多くの場合軽症で自然軽快する疾患ですが、一部では腎障害や消化管出血、関節症状を伴うため、外来での観察が可能かどうかは病状により判断されます。
外来観察可能なケース(軽症)
全身状態良好 (発熱、脱水、意識障害などの全身症状がない)
紫斑のみ/軽度の関節痛 (下肢に典型的な紫斑が出るが日常生活に支障なし)
腹部症状が軽微 (腹痛があっても軽度で、嘔吐・下血・腸重積の兆候がない)
腎症状なし/軽度 (尿検査で蛋白尿・血尿が軽度またはなし)
家族の理解とフォロー体制がある (自宅で経過観察ができる環境が整っている)入院を考慮すべきケース
腹部症状が強い(強い腹痛、嘔吐、下血、腸重積の疑い(触診で右下腹部圧痛や腫瘤))
腎症状あり (持続的な蛋白尿、血尿、または血圧上昇)
皮疹の壊死性変化 (紫斑が水疱化・壊死傾向あり、広範囲・痛みを伴う)
関節症状が高度 (歩行困難などの日常生活制限を伴う関節炎)
全身状態不良 (発熱・ぐったりしている)小児(主に3〜10歳)の多くは通常数週間で自然軽快し、重症化は稀であるが、成人では腎症のリスクが高く、慢性腎炎や腎不全に進展する可能性もある。免疫抑制治療の積極的導入が検討される場合もある。(腎障害は、発疹出現から 数日〜数週間後、尿蛋白・血尿、時にネフローゼ症候群や急性腎炎症状(浮腫、高血圧)として起きる。)
[腎障害の発症率]:小児 約20–40%(多くは軽度) / 成人 約40–60% [ネフローゼ症候群の合併率]:小児<10% / 成人15–30% [RPGN化の頻度]:小児 稀(<5%)/ 成人 10–20%前後 [完全寛解率]:小児 約85–90%(通常予後良好) / 成人 約50–60%(腎障害が残ることあり) [慢性腎不全への進行率]:小児<5%(長期)/ 成人 10–30%(10年で) [ステロイド・免疫抑制薬使用率]:小児 少ない / 成人 高い [フォローアップ期間]: 小児 3〜6か月程度(尿異常持続なら長期) / 成人 数年単位の腎機能フォローが必要 - ライノウイルスが流行すると紫斑病(IgA血管炎)が増える 05/25/25
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今年は、IgA血管炎がかつてないほど多く見受けられています。IgA血管炎は典型的な場合、両すねに赤くて硬い発疹がたくさん出てくる病気です。
パンデミック時の非薬物的介入(マスク着用、手洗い、ソーシャルディスタンスなど)によって呼吸器感染症の流行が抑制されたことにより、IgA血管炎の発症率が53.6%も大幅に減少し、介入緩和後、発症率が37.2%増加したことが報告されています。
特に小児のIgA血管炎の発症は呼吸器感染症と密接な関係があり、その流行時期と一致していることが示されています。呼吸器感染症の少ない夏はあまり見られないが、秋以降徐々に増え始め、冬〜特に免疫が過剰に反応しやすくなる春にかけて多い。
IgA血管炎の発症の37.3%に肺炎球菌が、25.6%に溶連菌が関連していたばかりでなく、驚くべきことに、その17.1%の発症にライノウイルスが関連していたことです。最近まで非常に多かった鼻炎・気管支炎を伴う普通の風邪が増えると、IgA血管炎が増えるのです。
川崎病と同様に、IgA血管炎は免疫関連性の小血管炎であり、特に小児の場合は、上気道感染などの感染症が引き金になり、ウイルス感染がIgAの過剰産生や免疫複合体の沈着を誘導し、発症の引き金になるということです。 - ライノウイルスとエンテロウイルスそしてEV-D68 05/23/25
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今、鼻炎・副鼻腔炎・気管支炎・喘息・肺炎を引き起こす風邪が流行っています。このライノウイルス(HRV)(Rhinovirus A/B/Cなど)と、これから夏秋にかけて流行るエンテロウイルス(EV)(Poliovirus、Coxsackievirus、Echovirus、EV-D68 など)は、共通の進化的祖先を持つと考えられていて、同じ「ピコルナウイルスファミリー(科)」に分類されます。(どちらも一本鎖(+)RNAウイルス、非エンベロープ型ウイルス)
ライノウイルス(HRV)は主に上気道(風邪の原因)から下気道に、エンテロウイルス(EV)は消化管(お腹にもくる高熱の風邪)、神経系、中枢神経に感染します。
HRVは、酸に弱く、胃酸で不活化されやすいが、エンテロウイルスは胃酸にも耐え、消化器症状を引き起こしやすい。互いのゲノム構造にはある程度の類似性はあるが、分子系統解析(VP1領域*や5’UTR領域**の塩基配列)では、ライノウイルス(HRV)はエンテロウイルス(EV)とは異なるクレードを形成します。ライノウイルス(HRV)は大きくAクレード(76型)とBクレード(25型)に分かれ、いずれもエンテロウイルス(EV)のクレードから明確に分岐していることが確認されている。
唯一ライノウイルス(HRV)87の塩基配列だけは、ライノウイルスよりもむしろエンテロウイルス(特にEV-70)に近いことが明らかにされ、以降HRV87はエンテロウイルス D属に分類され、エンテロウイルスD68(EV-D68)と再命名されました。
(*VP1はウイルスの主要なカプシドタンパク質であり、ウイルスの分類や抗原性の決定に重要な役割を果たします。)
(**5’UTR(5′ untranslated region、5′ 非翻訳領域)は、RNAウイルスのゲノムRNAの先頭部分にある翻訳されない領域です。この部分はタンパク質にはなりませんが、翻訳開始の調節、ウイルスRNAの安定性や複製制御の役割を担っていて、感染性に極めて重要な役割を果たします。)エンテロウイルスD68は、エンテロウイルス属ながら呼吸器ウイルスとしての特徴が強く、ライノウイルスに近い性質を持っています。上気道炎だけではなく、喘鳴や重度の呼吸障害を引き起こします。ゆえに喘息をもつ幼児・小児で重症化しやすい。
胃酸で不活化しやすく、エンテロウイルスにも関わらず消化器症状を起こしにくい。特に重要なことですが、EV-D68は、まれではあるものの、突然の四肢麻痺や筋力低下といったポリオに似た中枢神経症状(急性弛緩性麻痺)を引き起こすことがあります。
このように、EV-D68はHRVとEVの“中間的な性質”を持つウイルスである。HRVのように低温培養で増殖し、下気道に感染し、EVのように神経系に感染する場合もある。
EV-D68は2014年、2016年、2018年、2024年と数年周期で大規模な流行を繰り返しており、医学的には極めて注目度の高い要注意ウイルスです。
まとめ:エンテロウイルスEV-D68とライノウイルスは、引き起こされる症状の面でも遺伝的にも近縁でありながらも、EV-D68は「エンテロウイルス属」であり、「ライノウイルス属」ではない異なるウイルス種である。
Genetic clustering of all 102 human rhinovirus prototype strains: serotype 87 is close to human enterovirus 70:Journal of General Virology
Human Rhinovirus 87 and Enterovirus 68 Represent a Unique Serotype with Rhinovirus and Enterovirus Features: Journal of Clinical Microbiology - 副鼻腔炎(急性副鼻腔炎)の原因ウイルスで一番多いのは? 05/16/25
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現在、百日咳とは別の風邪も同時に流行しています。そして、それにかかった多くの人が副鼻腔炎(急性副鼻腔炎)を合併しています。
急性副鼻腔炎の80〜90%はウイルス性であるとされています。その中で圧倒的に最も多いのがライノウイルスです。一般的な風邪の主な原因ウイルスです。鼻粘膜の炎症を起こしやすく、鼻閉・鼻汁を引き起こして副鼻腔にも波及しやすい。
他に、コロナウイルス(季節性)は、通常の風邪の一因として SARS-CoV-2出現前から存在しているウイルスです。
インフルエンザウイルスも、強い全身症状の後に比較的多く副鼻腔炎を合併することがあります。
パラインフルエンザウイルスは、小児に多く、気管支炎が主な症状になることが多いのですが、同時に鼻~副鼻腔の粘膜も侵すことがあります。
アデノウイルスは、鼻汁・発熱・結膜炎など多彩な症状を起こしますが、副鼻腔にも炎症が及ぶことがあります。
しかし、症状が長引いた一部のケースでは、ウイルス感染後に細菌性副鼻腔炎(肺炎球菌やインフルエンザ菌による二次感染による)へと進展することがあります。
ちなみに、ライノウイルスは副鼻腔炎と同時に、気管支炎/細気管支炎/喘息性気管支炎/気管支喘息をしばしば引き起こし、百日咳と同様にしつこい咳の原因でもあるため、見分けがつきにくいこともしばしばです。 - 日本の子ども、心の健康度低く 05/15/25
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ユニセフによる、経済協力開発機構(OECD)および欧州連合(EU)加盟43カ国の調査によると、日本の子どもの精神的な健康度は32位(2020年は37位)、それに対して身体的な健康度は20年に引き続き1位でした(日経新聞)。普段からたくさんの子ども達と接していて観察されているものと合致した結果でした。診察室で自分を言葉ではっきり聞こえる声で表現できない子どもが、10年20年前に比べて非常に増えてきています。
小学校入学を境にして、それまで無邪気だった子ども達は、大きくなるにつれ、他人に迷惑をかけてはならないという倫理的・道徳的強迫観念、手足の先までがんじがらめにされているような、目に見えない規則・社会的掟、他人や社会への遠慮、言葉による自己表現の抑制、世間からの心理的制裁圧力、自己感情の抑制、といった、パンデミック以降特に強まった心理社会的圧力の下で、しだいに自己を鎧で覆い、自己の内側へ引きこもらざるを得なくなっていく姿を毎日見せてくれています。 - 二峰性発熱を見たら 04/27/25
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熱の出る病気の経過中、一旦下がったのに再び発熱、解熱することがあります。二峰性発熱といいます。
小児の二峰性発熱は、必ずしも悪い状態を示唆するわけではありません。軽いウイルス感染、つまり普通の風邪でも、治る直前に再発熱したり、それと同時に体中に発疹が出てきて治癒に向かうことはとても多く見られます。突発性発疹では、解熱(小さなdipのことも)後発疹が出る時に軽く再発熱することがありますが、そのまま自然に治っていきます。二峰性発熱はインフルエンザでもよくあります。こうした現象が起こるのは、体の中に入ってきたウイルスに対する免疫細胞の反応の種類によって応答フェーズのズレがあるからです。ウイルスが入ってきた直後に反応するものと数日経ってから反応するものがあるからです。遅れて起きる免疫システムの反応の方がどちらかというと過剰反応しやすいのですが、特に小児の軽いウイルス感染つまり風邪の場合は、この二段階目の免疫応答はさほど過剰な炎症は引き起こしません。 小児では、熱が出た割に重症感がないことが多い。二峰性=「必ずしも悪いサインではない」ことが多い。一方、二度目の発熱でちょっと具合悪そうだなという時には、ウイルスそのものは駆除されているのに、その後免疫システムが過剰反応を起こし、サイトカインストーム(炎症の嵐)が起きていることを考えなければなりません。デング熱で一旦熱が下がった後に重症化する場合、麻疹で咳や鼻水のフェーズ後発疹が出てくる時期がそれに当たります。川崎病では、この二次免疫過剰応答だけを何日間も見ているだけに該当することもあります。
さらに、ウイルスは駆除されつつあるものの、細菌による二次感染が起きていることもあります。よく見られるのが、風邪から始まって中耳炎や副鼻腔炎になる場合です。インフルエンザの二峰性発熱の場合でも、咳・痰・呼吸状態の悪化を伴う場合は、二次感染による肺炎球菌などによる細菌性肺炎を想起しなければなりません。
髄膜炎や敗血症でも、免疫応答フェーズのズレで波状の発熱になることがあります。この場合は、最初の発熱フェーズから重症感が強いこともあれば、さほど気づかれにくいこともあり、初期診断を難しくすることもあります。日常外来環境下では、頻度としては、小児の二峰性発熱は「自然な病態変化」が多いが、成人の二峰性発熱は「重症化や二次感染の警告」であることが多いと言えます。
- 梅毒の無料検査・相談室情報 04/01/25
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梅毒の感染経路:膣性交、肛門性交だけでなく、口腔性交やキスでも感染します。
症状:無症状のことがあります。症状が出たり自然に消えたりすることがあります。感染後1ヶ月の第1期は、感染した部位に、出来物やしこり、ただれができます。治療しなくても、数週間で症状は消えます。感染後3ヶ月の第2期は、手のひらや足の裏など全身に淡い赤色の発疹ができます。治療しなくても、数週間から数ヶ月で症状は消えます。 そうして、感染に気付かないうちに病気が進行します。数年から数十年後に、心臓・血管・神経の異常が現れ、死に至ることがあります。
検査:血液検査で診断します。検査は、感染の機会から4週間経たないと反応が出ません。
治療:抗生剤による早期治療が肝心です。パートナーも検査を受け、治療することが必要です。
免疫:免疫はできないので、何度でも感染します。
重要:妊娠中にお腹の赤ちゃんに感染して、先天梅毒を引き起こします。東京都多摩地域検査・相談室
は、匿名・無料で即日検査をやってくれています。HIV即日検査と梅毒即日検査(当日結果通知)を同時に実施。祝日を除く毎週土・日曜日の9:50〜11:00 問い合わせは 090-2537-2906 (祝日を除く 平日9:30〜17:00 土日9:30〜15:00)まで
住所:立川市柴崎町2-21-19 東京都立川福祉保健庁舎内2階 JR立川駅南口徒歩9分
予約:東京都HIV等検査予約センター 050-3801-5309(年末年始除く)10:00〜20:00
東京都HIV検査情報サイト - 延髄の咳反射中枢が障害されることで、誤嚥しやすい脳疾患 03/09/25
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延髄の咳反射中枢が侵されることで咳反射が抑制され、誤嚥を起こしやすくなる脳神経疾患には以下がある。
1. 延髄(外側)梗塞(ワレンベルグ症候群)
椎骨動脈(VA)または後下小脳動脈(PICA)の閉塞により発生。
延髄外側の孤束核(NTS)、迷走神経核、疑核(nucleus ambiguus)が障害される。
咳反射の求心路(迷走神経)や中枢の統合部(孤束核)が障害されることで、咳反射が鈍くなる。
嚥下反射も障害されるため、誤嚥が起こりやすい。
しばしば嚥下困難、嗄声(させい)、構音障害を伴う。2. 球麻痺
延髄の運動神経核(特に迷走神経核、舌咽神経核、舌下神経核)が障害される病態。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)、ギラン・バレー症候群、脳幹梗塞などで見られる。
迷走神経核や疑核が障害されることで、咳反射の遠心路が機能しなくなる。
同時に嚥下障害を伴い、誤嚥性肺炎のリスクが高まる。3. 多系統萎縮症
小脳型やパーキンソン型に分類される神経変性疾患。
延髄の神経核や迷走神経が障害され、嚥下機能低下や呼吸障害を引き起こす。
延髄の自律神経系や呼吸調節機構が障害され、咳反射の感受性が低下。
嚥下障害が進行すると、無症候性誤嚥(silent aspiration)が増加し、誤嚥性肺炎のリスクが高まる。4. パーキンソン病
黒質-線条体ドーパミン神経の変性による運動障害を主体とする神経変性疾患。
嚥下障害が進行すると、咳反射の低下による誤嚥が問題となる。
咳反射の中枢である延髄の神経回路が機能低下し、異物を感知しても咳が起こりにくくなる。
嚥下機能も低下し、誤嚥性肺炎のリスクが上昇。5. 進行性核上性麻痺
脳幹(特に中脳・橋・延髄)の神経変性を伴う疾患。
嚥下障害が早期から出現し、誤嚥性肺炎のリスクが高い。
延髄の咳反射中枢や関連神経核の変性により、咳反射が低下。
口腔期・咽頭期の嚥下障害が進行し、誤嚥が多発する。Cough as a neurological sign: What a clinician should know ;World J Crit Care Med.
延髄梗塞(Wallenberg症候群) 延髄外側の梗塞 孤束核・迷走神経核が障害され、咳反射低下
球麻痺(ALS, GBSなど) 延髄運動神経核の障害 咳反射の遠心路(運動)障害
多系統萎縮症(MSA) 自律神経・運動障害 延髄の神経変性による咳反射低下
パーキンソン病(PD) 黒質・脳幹の変性 咳反射の中枢が鈍化、誤嚥増加
進行性核上性麻痺(PSP) 脳幹の神経変性 嚥下障害と咳反射低下が進行
ハンチントン病(HD) 線条体・大脳皮質変性 咳反射低下+認知機能低下
これらの疾患では、誤嚥性肺炎のリスクが高いため、嚥下訓練や気道管理が重要となる。 - 咳反射と咽頭反射は同時に起こりやすい。 03/09/25
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咳反射と咽頭反射(嗚咽反射)は解剖学的・神経生理学的に密接に関連しているため同時に起きやすいので、咳に伴う嘔吐は症状として一括りにすることができます。一方、嘔吐は咳以外にも、脳・内耳前庭系・消化管・心臓などありとあらゆる異常が原因になるため、「吐いた」原因を見極める必要があります。
1. 咽頭反射(Gag reflex)と咳反射(Cough reflex)はいずれも、迷走神経(Vagus nerve, CN X)と舌咽神経(Glossopharyngeal nerve, CN IX)を介して制御されており、経路を共有しています。
Gag reflex(咽頭反射)
主な機能: 口蓋、咽頭後壁、舌根などが刺激されると、喉を締める動き(咽頭収縮)を引き起こし、異物の誤嚥を防ぐ。
Cough reflex(咳反射)
主な機能: 気道内の異物を排除するため、急激な呼気を伴う咳を引き起こす。
いずれも、迷走神経(CN X)が両方の反射に関与しているため、相互に影響を与えやすい。2. 解剖学的な刺激部位の重なり
Gag reflexは口蓋、咽頭後壁、舌根などを刺激することで誘発される。
Cough reflexは喉頭(特に声門周囲)、気管、気管支の刺激で起こる。
喉頭蓋(epiglottis)や咽頭下部の刺激は両方の反射を引き起こす可能性がある。
例えば、異物が口腔から咽頭を通って気道に入ろうとすると、まずGag reflexが起こり、それが不十分な場合にはCough reflexが続発する。3. 中枢神経系での統合
両方の反射は延髄にある神経核(孤束核)で感覚入力が統合され、適切な反射を引き起こす。反射経路が隣接しているため、強い刺激が入ると両方の反射が同時に誘発されることがある。4. 臨床的な例
異物が喉の奥(咽頭下部や喉頭)に接触すると、「えずき」と「咳」が同時に起こる。
喉頭の炎症や誤嚥では、咳とともに嘔吐感を感じることがある。
逆に、神経障害(例: 迷走神経障害、延髄梗塞)では、両方の反射が低下または消失することがある。Gag reflexとCough reflexが同時に起こるのは、両者が迷走神経を共有し、延髄の中枢で統合され、刺激部位が重なっているためです。特に、咽頭下部や喉頭の刺激が両方の反射を誘発しやすく、異物や炎症によって同時に起こることがあります。
Physiology, Gag Reflex
The effect of stimulation and unloading of baroreceptors on cough in experimental conditions - P2X3受容体拮抗薬(ゲフォピキサント) 03/09/25
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コデインは、オピオイドμ受容体作動薬であり、延髄の咳中枢の興奮を抑制することで咳を止める一方、オピオイド依存リスクがある薬物でしたが、
P2X3受容体拮抗薬(ゲフォピキサント)は、オピオイド受容体とは関係がなく、依存性のリスクがない薬物です。P2X3受容体は、細胞外ATP(アデノシン三リン酸) によって活性化されるイオンチャネル型受容体(リガンド作動性イオンチャネル)です。主に求心性神経(感覚神経)に発現し、咳反射や疼痛に関与します。
1. P2X3受容体を活性化する物質
① ATP(アデノシン三リン酸)
P2X3受容体の主要なリガンドであり、直接結合してナトリウム(Na⁺)やカルシウム(Ca²⁺)の流入を促す。
神経の興奮性を増大させ、咳受容体の過敏性を高める。
炎症や組織損傷によって放出量が増加し、慢性的な咳(難治性咳嗽)や神経因性疼痛の原因となる。
② ADP(アデノシン二リン酸)
P2X3受容体に対する親和性はATPより低いが、部分的な活性化を引き起こす可能性がある。
③ 異常なATP代謝産物
炎症環境では、ATPがヌクレオチダーゼによって分解される過程で生じるAMP(アデノシン一リン酸)やアデノシンも、間接的にP2X3受容体の調節に関与する。2. 慢性咳嗽(難治性咳)では、P2X3受容体が過敏になっています。
気道上皮や感覚神経からATPが放出されることでP2X3受容体が刺激され、咳反射の閾値が低下しています。P2X3受容体拮抗薬(ゲフォピキサントなど)によってその過敏性を低下させることによって、感覚受容体としての咳レセプターや求心性神経の働きを抑制し、咳反射のサーキットの興奮を抑えます。3.神経因性疼痛においても、末梢神経や中枢神経において、ATPがP2X3受容体を介して痛みを増強するため、P2X3受容体拮抗薬の研究が進められている。
P2X3受容体は、ATPを主要なリガンドとし、ADPや炎症環境におけるATP代謝産物にも反応します。特に炎症時や慢性疾患(慢性咳嗽・神経因性疼痛)ではATP放出が増加し、P2X3受容体の過敏性が上昇することが知られています。
ATP, an attractive target for the treatment of refractory chronic cough; SPRINGER NATURE Link
- 咳止め薬(リン酸コデイン)の薬理作用 03/09/25
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コデインは依存性、薬物乱用を引き起こしやすいという問題のある咳止め薬ですが、実際の臨床では、止まらなくなった咳反射のサーキットを断ち切ることによって「しつこい咳」「慢性咳嗽」を治癒方向に導き、治療の切り札になることもしばしばです。
1.リン酸コデインは、延髄の咳中枢に直接作用し、咳反射の閾値を上昇させる。また、オピオイド受容体(特に μオピオイド受容体:MOR)に結合し、神経活動を抑制し、これにより、求心性入力の伝達が減少し、咳反射が起こりにくくなる。
2. 一方、リン酸コデイン自体は、末梢の咳レセプター(感覚受容体)には直接作用しない。ただし、中枢性の咳中枢抑制作用を介して、求心性の興奮伝達を減弱させることで、間接的に咳レセプターの感受性を低下させる可能性がある。
3. その他の影響
鎮痛作用(μオピオイド受容体を介した痛みの伝達抑制)、軽度の呼吸抑制(高用量で延髄の呼吸中枢に影響)、依存性・耐性形成のリスク(長期使用で問題となる。市販薬の長期乱用は御法度です。)このように、
リン酸コデインは主に延髄の咳中枢に作用し、オピオイド受容体を介して咳反射を抑制します。末梢の咳レセプターへの直接作用は少ないものの、中枢の抑制効果を通じて間接的に影響を与える可能性があります。 - 咳は悪いものが肺の中に入らないようにする反射です。 03/08/25
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咳はアキレス腱反射と同じように、決して意思で現れるものではありません。呼吸器にとって悪いものが入っていかないようにしたり、それらを吐き出して体を守るという大切な働きをしています。咳反射と呼ばれます。
咳反射は、以下の経路で制御されています。
1.末梢の咳レセプター(感覚受容体)が、気道(気管・気管支・喉頭など)に分布し、機械的・化学的刺激を感知。主にC線維(ポリモーダル受容器)やRAP(Rapidly Adapting Receptors:急速順応性受容器)が関与している。
2.求心性神経は、咳レセプターから迷走神経を通じて延髄の咳中枢に情報を伝達する。
3.延髄の咳中枢は、咳反射を統合・調整し、運動指令を出す。
4.遠心性神経は、横隔神経や迷走神経という経路を介して呼吸筋・喉頭筋に指令を送り、咳を発生させる。のど、気管、気管支にある末梢の咳レセプター(咳受容体)は、主に以下の炎症物質によって刺激を受け、咳反射を引き起こします。これらの物質は、ウイルス感染、細菌感染、アレルギー反応、喫煙、大気汚染などの刺激によって放出されます。
1. ヒスタミン(Histamine)
肥満細胞や好塩基球から放出され、H1受容体を介して気道平滑筋の収縮や血管透過性の亢進を引き起こす。
気道粘膜の浮腫を促進し、気道の知覚神経を刺激して咳を誘発。
2. プロスタグランジン(PGs)
プロスタグランジンE2(PGE2)、プロスタグランジンF2α(PGF2α) などが気道のC線維を直接刺激し、咳受容体の感受性を増加。
気道平滑筋の収縮や気道の炎症促進にも関与。
3. ロイコトリエン(LTs)
ロイコトリエンC4(LTC4)、D4(LTD4)、E4(LTE4) は強力な気道収縮作用を持ち、咳レセプターの過敏性を増加。
喘息患者では特に重要な役割を果たす。
4. ブラジキニン(Bradykinin)
血管拡張作用を持つペプチドで、気道C線維受容体(TRPV1受容体)を刺激。
咳受容体を直接活性化し、咳反射を促進。
5. タキキニン(Tachykinins:サブスタンスP、ニューロキニンA/B)
求心性神経終末から放出される神経ペプチド。
ニューロキニン1(NK1)受容体を介して咳受容体を活性化し、咳を引き起こす。
6. トリップV1受容体(TRPV1)アゴニスト(カプサイシンなど)
TRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1)は咳レセプターの一部であり、カプサイシン(唐辛子成分)や高温、酸性刺激によって活性化。炎症時に感受性が増大し、咳の閾値が低下する。
7. ATP(アデノシン三リン酸)
P2X3受容体を介して咳受容体を刺激。慢性咳嗽(特に難治性の咳)に関与し、P2X3受容体拮抗薬が新たな治療ターゲットとして研究されている。以上のように、
咳受容体は、ヒスタミン、プロスタグランジン、ロイコトリエン、ブラジキニン、タキキニン、ATPなどの炎症メディエーターによって刺激を受け、咳反射を引き起こす。これらの物質は、ウイルス感染や喘息などの疾患で増加し、慢性的な咳の原因となることがある。Airway Sensory Nerve Density Is Increased in Chronic Cough; ATS Journal
- ダニ媒介脳炎(Tick-Borne Encephalitis; TBE)とは 03/03/25
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ダニ媒介脳炎は中枢神経系に影響するウイルス感染症であり、軽症例から、より重篤で生命を脅かす病態まで、広い範囲での症状を引き起こします。東ヨーロッパからロシアに至るユーラシア大陸中央部、極東地域、中国北部までの広い地域で、およそ年間1万~1万5千例の感染があると推計されています。国内でも過去に北海道で5例の感染者が報告されています。
ダニ媒介脳炎ウイルスは、野生の齧歯類(げっしるい:ネズミなど)が保菌し、ネズミから脱落した”マダニ”に咬まれることにより、人も感染します。このウイルスに感染した動物(ヤギ等)から生産された乳製品からうつることもあります。人から人へは滅多にうつりませんが、まれに輸血や母乳からうつることがあります。
感染してしまった2/3くらいの人には何の症状もおこりませんが、1/3の人は4~28日間の症状のない期間があった後、頭痛、筋肉痛、倦怠感や発熱が起こります。そのまま治る場合もありますが、悪化すると、脳に障害が出るようになり、呼吸ができなくなることがあります。重症型の場合には死亡することがあります。ダニ脳炎ウイルスに対応する抗ウイルス薬はありません。解熱剤で熱を下げたり、抗痙攣薬で対症的に対応するしかありません。
ヨーロッパ(特に東ヨーロッパ長期滞在)・ロシアでのアウトドア活動(トレッキング・登山)は、ダニ咬傷によるダニ媒介脳炎のリスクがありますので、渡航前の予防接種が推奨されます。
ダニに咬まれないよう、虫刺され対策を行い、殺菌されていない乳製品(ヤギ等)の摂取は避けましょう。
ワクチンの基本接種3回を完了すれば3年間は十分な免疫が維持され、その後は3年後に追加接種1回を行います。それ以降は5年毎に追加接種をします。12歳未満の接種者は、より有効性が高く、一方60歳以上では抗体陽性率がやや低下します。
- 若年層の時期に喘息が消えるのは男性ホルモンのせい 02/19/25
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小児期に発症した喘息が完全に消えて無くなることはなく、一般に10歳代から20歳代にかけて症状が鎮静化して一見完治したかのように見えますが、その後どこかで、長引く咳・長引く喉のイガイガ感・長引く喘鳴や喀痰という形で再燃するのが普通です。したがって、親子で同じ時期に長引く咳が生じ、家庭内で風邪が蔓延しているように見えることもしばしばです。
思春期から若年層の時期に喘息が消えるのは、アンドロゲン(男性ホルモン)の分泌が男女ともに最も多くなる時期だからです。アンドロゲンの分泌は20歳前後がピークで30歳以降は徐々に低下していきます。アンドロゲンは、ニキビ・体毛の成長・筋肉の発達を引き起こすばかりでなく、気道アンドロゲン受容体(AR)に作用して、喘息の炎症を抑制することがわかっています。実際に、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)という男性ホルモンの気道吸入は喘息を抑えるのに有効でした。
喘息は思春期以降、男性よりも(アンドロゲンの少ない)女性に多くみられることになります。そもそも喘息患者の気道AR発現は男女問わず健常者よりも低いことが報告されています。一方、喘息と気道AR発現との関連性は、閉経後女性においては認められず、またアンドロゲンが少なくなっている閉経女性に対するステロイド投与はアンドロゲン分泌をさらに抑制することになり、これらが相まって閉経後女性の喘息に対して吸入ステロイドの有効性が下がる原因になっているのではないかと考えられています。思春期前の小児においても、喘息と気道AR発現との関連性はなく、女児よりも男児に喘息が多く認めらますが、これは気道の発育障害の違いによるものと説明されています。
Androgens Alleviate Allergic Airway Inflammation by Suppressing Cytokine Production in Th2 Cells; The Journal of Immunology
Association Between Asthma and Reduced Androgen Receptor Expression in Airways; Journal of the Endocrine Societye - 中年女性の喘息は湿性咳嗽が多く、吸入ステロイドが効きにくい。 02/14/25
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閉経後の女性は慢性的な咳に悩まされることが多い。香水、漂白剤、冷気などの環境刺激物を吸い込むと、皮膚にくすぐったいような刺激感を感じたり、のどが痛くなったり、咳が出たりするような、顕著な過敏性を訴えることが多い。咳を媒介する神経経路の感受性の亢進を示す長引く咳嗽を訴える患者の3分の2が女性であり、50~60歳代の有病率が最も高いという疫学的特徴がある。
喘息には明らかな性差がある。13歳未満の小児では、男児に喘息が多い一方(有病率65%)、成人では、女性の方が男性より明らかに多い(有病率65%)。生涯を通じて、女性は男性よりも喘息を発症しやすく、重症化する可能性が高い。そして、女性の喘息においては、アトピー型が少なく、ステロイドによる治療効果が低い人が多く、ステロイド不応性喘息の肥満患者では女性が圧倒的に多い。
喘息を持つ女性の20~40%が、月経前の黄体期または月経前後に症状が出て、呼吸機能が低下することが多い。閉経後の喘息女性(少なくとも6ヵ月間無月経)は、閉経前よりも肺機能が低下し、喘息症状が悪化していました。ホルモン避妊薬は喘息の発症率を低下させ、一方男性ホルモン薬は、喘息の発症率を低下させ、喘息の症状を軽減する可能性がある。
閉経後のホルモン変化は、肺機能や気道粘膜に影響を及ぼし、咳反射の過敏性を引き起こし、咳嗽を起こしやすくしている可能性があります。
エストロゲンが不足することによる皮膚、結合組織、粘膜の変化は、呼吸器粘膜などの細胞にも起きている可能性がある。エストロゲンの欠乏は、膣上皮の萎縮を引き起こすのと同様に、気道粘液や繊毛の減少や変化、呼吸器組織の感受性の変化を引き起こし、肺機能の低下や慢性咳嗽を引き起こす可能性がある。喘息発症に関わる免疫経路におけるいくつかの性による違いがある。ステロイド治療が有効であるT2炎症型は、女性では男性よりも少ない。とりわけ中年女性、更年期以降の女性の場合は、非T2炎症型が比較的多く、結果的に好中球浸潤、粘液産生を多く生じるため、喀痰の多い湿性喘息が多く、ステロイド吸入の効果が男性に比べると劣る。一方、長時間作用性ムスカリン拮抗薬であるチオトロピウムの効果は、男女間で違いはなかった。抗ロイコトリエン薬は男性に比べて女性での方が有効性が高い。
Sex and gender in asthma;Eur Respir Rev.
Chronic cough in postmenopausal women and its associations to climacteric symptoms;BMC Womens Health