今、鼻炎・副鼻腔炎・気管支炎・喘息・肺炎を引き起こす風邪が流行っています。このライノウイルス(HRV)(Rhinovirus A/B/Cなど)と、これから夏秋にかけて流行るエンテロウイルス(EV)(Poliovirus、Coxsackievirus、Echovirus、EV-D68 など)は、共通の進化的祖先を持つと考えられていて、同じ「ピコルナウイルスファミリー(科)」に分類されます。(どちらも一本鎖(+)RNAウイルス、非エンベロープ型ウイルス)
ライノウイルス(HRV)は主に上気道(風邪の原因)から下気道に、エンテロウイルス(EV)は消化管(お腹にもくる高熱の風邪)、神経系、中枢神経に感染します。
HRVは、酸に弱く、胃酸で不活化されやすいが、エンテロウイルスは胃酸にも耐え、消化器症状を引き起こしやすい。
互いのゲノム構造にはある程度の類似性はあるが、分子系統解析(VP1領域*や5’UTR領域**の塩基配列)では、ライノウイルス(HRV)はエンテロウイルス(EV)とは異なるクレードを形成します。ライノウイルス(HRV)は大きくAクレード(76型)とBクレード(25型)に分かれ、いずれもエンテロウイルス(EV)のクレードから明確に分岐していることが確認されている。
唯一ライノウイルス(HRV)87の塩基配列だけは、ライノウイルスよりもむしろエンテロウイルス(特にEV-70)に近いことが明らかにされ、以降HRV87はエンテロウイルス D属に分類され、エンテロウイルスD68(EV-D68)と再命名されました。
(*VP1はウイルスの主要なカプシドタンパク質であり、ウイルスの分類や抗原性の決定に重要な役割を果たします。)
(**5’UTR(5′ untranslated region、5′ 非翻訳領域)は、RNAウイルスのゲノムRNAの先頭部分にある翻訳されない領域です。この部分はタンパク質にはなりませんが、翻訳開始の調節、ウイルスRNAの安定性や複製制御の役割を担っていて、感染性に極めて重要な役割を果たします。)
エンテロウイルスD68は、エンテロウイルス属ながら呼吸器ウイルスとしての特徴が強く、ライノウイルスに近い性質を持っています。上気道炎だけではなく、喘鳴や重度の呼吸障害を引き起こします。ゆえに喘息をもつ幼児・小児で重症化しやすい。
胃酸で不活化しやすく、エンテロウイルスにも関わらず消化器症状を起こしにくい。
特に重要なことですが、EV-D68は、まれではあるものの、突然の四肢麻痺や筋力低下といったポリオに似た中枢神経症状(急性弛緩性麻痺)を引き起こすことがあります。
このように、EV-D68はHRVとEVの“中間的な性質”を持つウイルスである。HRVのように低温培養で増殖し、下気道に感染し、EVのように神経系に感染する場合もある。
EV-D68は2014年、2016年、2018年、2024年と数年周期で大規模な流行を繰り返しており、医学的には極めて注目度の高い要注意ウイルスです。
まとめ:エンテロウイルスEV-D68とライノウイルスは、引き起こされる症状の面でも遺伝的にも近縁でありながらも、EV-D68は「エンテロウイルス属」であり、「ライノウイルス属」ではない異なるウイルス種である。
Genetic clustering of all 102 human rhinovirus prototype strains: serotype 87 is close to human enterovirus 70:Journal of General Virology
Human Rhinovirus 87 and Enterovirus 68 Represent a Unique Serotype with Rhinovirus and Enterovirus Features: Journal of Clinical Microbiology