百日咳では、感染期を過ぎても咳が数週間〜数ヶ月残ります。一見、百日咳毒素が、喉頭・中枢気道の咳受容体に直接「強固に結合し続ける」ために持続的な咳嗽反射を引き起こすのかなと考えやすいのですが、そうではないようです。
百日咳毒素(PT)は 気道上皮細胞に限らず、全身免疫応答細胞(マクロファージ、好中球、好酸球、T細胞など)、平滑筋細胞、神経細胞など宿主の様々なPT感受性細胞に結合・侵入します。侵入後、細胞内にあるGiαタンパク質(Gタンパク質共役型受容体(GPCR)というタンパク質の一部)の働きを不可逆的に阻害します。
その結果、気道上皮細胞では線毛運動障害やバリア機能破綻を誘導し、さらに免疫細胞(好中球、マクロファージなど)ではそれらの働きを抑制することによって、百日咳菌が気道内で長期生存することを可能にし、慢性炎症環境が作り出される。
一方、神経細胞における変化として、自律神経系細胞のGiαをブロックすることによって副交感神経緊張の調節を乱すことにより求心性神経終末の感受性が変化し、咳反射回路のリセットを乱すことになる可能性が示唆されてはいるものの、咳反射感受性を亢進させる直接的証拠はなく、百日咳における咳感受性亢進は主に慢性炎症や長期に及ぶ気道上皮破綻によって神経反射が間接的に増強される結果であるとされています。
百日咳菌の持つもう一つの毒素Adenylate Cyclase Toxin (ACT) は、主に宿主の免疫細胞(特に好中球、マクロファージ、樹状細胞など)の局所機能を強力に阻害して、初期感染防御を回避し、気道感染を長期持続させる役割を果たします。ACTの気道上皮への直接障害はほとんどなく、ACT単独で咳受容体に作用するわけでもありません。
このように、百日咳毒素が中枢気道の咳受容体に直接「強固に結合し続ける」から咳が長期にわたって止まらないというわけではなく、百日咳毒素は、気道上皮の障害・修復障害、免疫環境を改変して慢性炎症環境を作り出すことによって、長期の咳感受性亢進を間接的に誘導しているというモデルが提唱されています。
したがって、百日咳は一旦発症してしまえば治療はそもそも極めて困難なものであり、その根本治療は、百日咳毒素が気道と全身の広範な細胞内に侵入するのをブロックすることであり、それはつまりTdapなどのワクチンによって毒素が細胞内に入る前の段階で中和してしまうことに他ならないことを意味しています。
Highlights of the 14th International Bordetella Symposium
Pertussis Toxin Inhibits Early Chemokine Production To Delay Neutrophil Recruitment in Response to Bordetella pertussis Respiratory Tract Infection in Mice